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高崎簡易裁判所 昭和52年(ハ)27号 判決 1977年12月20日

原告 富沢辰三

右訴訟代理人弁護士 田中善信

被告 甲野花子

<ほか四名>

右被告五名訴訟代理人弁護士 平山林吉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告らは、別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)につき原告のため群馬県知事に対して農地法第三条第一項、同法施行規則第二条により許可申請手続をせよ。被告らは、前項の許可がなされたことを条件として、原告のため昭和五〇年八月四日付売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。被告甲野花子は、原告に対し本件土地につき、前橋地方法務局高崎支局昭和四九年八月一三日付第弐壱七壱弐号をもってなした昭和四九年七月一六日贈与による条件付所有権移転仮登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決を求め、その請求原因として

一、本件土地は、もと被告甲野花子の夫であり、その余の被告らの父である亡甲野太郎の所有であった。

二、同人は、昭和五〇年八月四日右土地を訴外有限会社榛名土地に代金九六二万八、〇〇〇円で売却し、同会社は、同日原告に同額でこれを転売し、その農地法三条の許可手続および所有権移転登記手続は中間を省略し、右甲野太郎と原告においてこれを為す旨三者間に合意が成立した。

三、ところで、本件土地には、すでに前橋地方法務局高崎支局昭和四九年八月一三日受付第弐壱七壱弐号をもって昭和四九年七月一六日付贈与を原因とする条件付所有権移転仮登記が右甲野太郎と被告甲野花子間でなされていたが、右甲野太郎は、原告に対して右仮登記を抹消する旨約束した。

四、しかるに右甲野太郎は、昭和五一年五月二一日死亡し、被告らにおいてその右甲野太郎の売主たる地位を、被告甲野花子において仮登記抹消の義務を各相続によりそれぞれ承継した。

よって、本訴請求におよんだと述べた。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として

原告主張一の事実、甲野太郎が昭和五一年五月二一日死亡しその相続が開始した事実および原告主張のとおりの仮登記が経由されていることは認めるが、その余の事実は知らない。

仮に、原告ら間にその主張のような売買契約および仮登記抹消の約束がなされたとしてもその頃右甲野太郎は、心神喪失の状態にあったので、該契約は無効である。また同人が原告に仮登記抹消の約束をし、その義務を被告甲野花子が相続により承継したとしても、同被告がすでに仮登記により保全した本登記請求権を失うはずはないと述べた。

理由

原告主張一の事実、昭和五一年五月二一日右甲野太郎が死亡し相続が開始した事実および原告主張のとおりの仮登記が経由されている事実は、当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば原告主張二の事実を認めるに足り、《証拠省略》によると亡甲野太郎は、その前後精神障害により精神病院に入院した事実はこれを認め得るが、果して同人が本件契約締結当時心神喪失状態にあったかどうかはこれを認めるに足る的確な資料がない。されば本件契約は、有効に成立したものと認めるほかなく被告らは右甲野太郎の本件土地を原告らに売渡した地位を承継したものというべきである。そこで先ず原告の仮登記の抹消請求から案ずるに、本来相続とは被相続人の有した権利義務そのものを包括的に承継するのであって神秘的な人格を承継するのではない。したがって亡甲野太郎が、原告に仮登記を抹消する旨約したとしても、もともと登記の抹消は登記権利者の協力なくして抹消できるはずもないのであるから、その義務の内容は、登記権利者のすなわち被告甲野花子の協力を得てこれを抹消する旨の約束にほかならず、仮に同被告がその義務を相続により承継したとしてもその性格に変りはなく相続前に同被告が仮登記により保全されている本登記請求権(条件付権利)が相続により突然消滅する理由はないのである。いいかえれば被告甲野花子らは相続人として承継した売主としてその履行の責を負うに相違はなく、また同被告は仮登記抹消の義務を負うに相違はないのであるが、その仮登記抹消の義務にしてもともと右甲野太郎単独で履行できる筋合のものではないのであって、たとえ相続をしたとしても被告甲野花子は依然として仮登記抹消について諾否の自由を保有していることを忘れてはならないのである。

されば、同被告において仮登記抹消の協力を拒否しているかぎり登記抹消は他の事由があれば格別本件において実現する余地はなくその請求はもともと理由がないものといわねばならない。

そこで、なお本件仮登記の効果について考えるに、本来仮登記が仮登記のままで第三取得者(原告ら)に対抗力を有するや否やは極めて問題である。判例もまた動揺を続けている。しかし、たとえ被告らにおいて原告に知事の許可を得て所有権移転の登記をすべき旨命じられたとしても、被告甲野花子にして本登記を経由するならば、たちまちその順位は仮登記時にさかのぼり(相続登記でも仮登記時にさかのぼると考える。けだし、相続した以上贈与の本登記を経由する余地はなくなったからである。)その本登記の内容に抵触する権利は排除され、原告は、ただちにその所有権登記を抹消する義務を負う結果となる。現に被告らは、相続によりその所有権を取得し、いつでも相続登記を経由できる立場にあり、すでに被相続人から贈与を受けている被告甲野花子に対してその余の被告らは、その遺産分割にあたり先ず本件土地の各相続分を譲渡せざるを得ない義務を負うものとするならば、その義務の履行として遺産分割の方法により本登記を経由するかぎり知事の許可すら必要としなくなり、被告らは、原告に対して、すなわち他人の権利を以て売買の目的となしたる場合に該るものといい得るものと解さねばならないのである。けだし、もともと「第三者ハ仮登記権利者カ本登記ヲ為スノ妨ケト為ル行為ヲ為シ得ザルベク若シ斯クノ如キ行為ヲ為シタルトキハ仮登記権利者ニ対シテハ其効力ヲ対抗スルコトヲ得サルモノト為サザルベカラ」(大判大六、九、二〇民録二三、一四四五)ざるものと思料するからであって、本件においてかく解して信義則に反すると認められる特別の事情も認められない。さすれば、被告甲野花子にしてすでに相続に因る登記をなし得る実質的関係を備うに至った以上本件仮登記は、そのままでいわゆる警告的効果および対抗力を有するものというべく、その余の被告らもその効果を引用し得べきものと考える。

よって、被告らにおいて本件土地の譲渡を承知しない以上原告の本訴請求を棄却せざるを得ないわけであって、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判官 水野正男)

<以下省略>

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